2017年01月04日

古本屋で見つけた一冊。

随分長い間、TVはほぼ「ブラタモリ」しか見ていないのですが、そうなると興味の方向も次第に偏りはじめ、こういったタイトルに目がいってしまうわけです。

地図のたのしみ (KAWADEルネサンス)
堀 淳一
河出書房新社
2012-03-23



目次を見ると「釜石線物語」の文字が。ページを捲ると故郷の地図が載っていて、その地図に見る考察を読みたく即購入。

後から知ったのですが、この本は地図好きの間ではバイブルとされている名著なようです。

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釜石港近辺の今昔地形図

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釜石ー遠野間の鉄道

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花巻市の大正時代の鉄道

故郷の章はもちろんのこと、全ての章がおもしろい本でした。地図をじっくり読み込み、その土地の風景を想像する。鉄道好きと地図好きの親和性が高いのは、理想の構図の鉄道写真を、事前に地図から高低差を読み解くことが出来るからなのかもしれませんね。地図が読めればいいショットが撮れるポイントの予想がつく。その答え合わせは最高に気持ち良さそう。

地図があれば家の中でも旅行が出来る。
地図はいいぞ。

座頭魄市orejiru at 09:00│コメント(0)トラックバック(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2017年01月01日

2016年に読んだ本でオススメを聞かれたなら、迷わずこの本を推す。

何がスゴいって、書く技術の低いわたしですら読んでいて「この文章はちょっとないなぁ…」と何度も思ったにもかかわらず、内容そのものが面白すぎて読後は「これが2016年ベストだ!」と全力で推してしまうほど大興奮。文章力と本の面白さは比例しない好例。

戦国モノといっても弓矢や刀でえいやっ!と争う話ではなく、そういった戦国らしい描写は一切出てきません。

前前前世からの大大大規模な土木小説です。

家康、江戸を建てる
門井慶喜
祥伝社
2016-02-09



構成は全5話の連作短編で、各タイトルは下記の通り。
第1話 流れを変える
第2話 金貨を延べる
第3話 飲み水を引く
第4話 石垣を積む
第5話 天守を起こす

家康がどのように江戸をつくりあげていったのかが分かる名著です。全話おもしろいですが、特に気に入ったのは第2話の金貨を延べると、第3話の飲み水を引くの2つが好き。

土地の時代から貨幣の時代へ変わる流れを読み、農民には使いづらい大判より小判の生産を命ずる先見の明。秀吉が作らせていた西の金貨よりも金の含有率を高めることで、質のいい東の金貨を全国的に流通させようと仕掛けた通貨戦争にしびれます。日本橋にある日本銀行本店の歴史、ロマンあっていいですよ。

そして井の頭公園付近に住んでいる者として、第3話の飲み水を引くは最高でした。この土地にこんな歴史があっただなんて、全く知りませんでした。現在では水質はあまり褒められたもんではないけれども、当時の江戸に住む人たちの貴重な飲み水として、はるばる江戸まで水を引く大工事をしたんですね。

やっぱり東京は面白いですね。この本を読んで改めて東京が好きになりました。ブラタモリが好きな人なら間違いなく面白い本ですので是非。


座頭魄市orejiru at 22:54│コメント(0)トラックバック(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2016年05月24日




以前読んだ「1964年のジャイアント馬場 」がおもしろかったので、「1985年のクラッシュ・ギャルズ」も読んでみた。

「1964年のジャイアント馬場 」の感想記事 
http://takushi.blog.jp/archives/52021561.html

井田真木子の「プロレス少女伝説」(http://takushi.blog.jp/archives/52025986.html)を以前読んだのですが、クラッシュギャルズも読んだおかげで当時のプロレスがより分かってきました。こりゃあハマっちゃう人が続出するのも当然ですよね。プロレスの面白さが分かってきたところで、現在「1976年のアントニオ猪木」を読んでいるところです。

同時にこの本も購入。


とりあえずこの本読んだらプロレス本には一区切りつけようかな。


座頭魄市orejiru at 12:30│コメント(3)トラックバック(0)このエントリーをはてなブックマークに追加

2016年04月19日

セラピスト
最相 葉月
新潮社
2014-01-31



若気の至りというか、10代から20代はじめの頃の僕はドロップアウト状態だった。その頃はへんな友人も多かったので、いろんな話が飛びこんできてたのだが、そのうちの一つが「精神科で気持ちが沈んで何も手につかないと言えば、いいお薬がもらえるよ」というもの。いたって心は健康ではあったが、そいつが言うには合法的に多幸感を味わえるのだと。結局お薬をもらい、錠剤を砕いて粉末状にし、鼻から吸い込むという行為に至るまで、一気に転がり落ちた。

15.6年も前の話なので、現在の精神薬の状況はわからないが、とにかく精神薬はけっこう(僕の体には)効く印象がある。粘膜から直接摂取すればそりゃ誰だって効くだろうって話でもあるが。


この本を読む前と読んだ後で、僕のなかで変わったのは、もしもこの先、心が病んでしまった自覚が生まれたら、まずは精神科医を訪ねる前にセラピストを訪ねてみようという考えに変わった。

「精神科医よりセラピストのほうが優れている」という意味ではない。薬の投与が必要な状態かどうかも含め、まずはじめに相談したいのはセラピストかな、という個人的な考えとして。

ただ、信頼できるセラピストに出会うまで5年かかると言われているように、セラピストとの相性が非常に重要なため、心が健康な今のうちに調べられることは調べておこうとも思った。自分の住む周辺にいるセラピストをリストアップし、どのような療法に取り組んでいるのかくらいは把握しておきたい。


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2016年03月24日

最貧困女子
鈴木大介
幻冬舎
2014-11-07



読みながら思い出したのは、
15.6年前のことでした。
あの頃、僕も貧困状態でした。

まだ20歳になったばかりだというのに、消費者金融の数社から融資を受けつづけ、ついに合計額は100万円にまで膨れ上がっていました。アルバイトもちょうど辞めてしまっていて、収入がない状態。電気もガスも止められ、水道が止められるのも時間の問題でした(水道は命に関わるのでなかなか止められない)。

当時は調布に住んでいたのですが、周囲には畑がけっこうあるんです。そこでよく農家を訪ねて野菜を恵んでもらっていました。農家のかたは本当にやさしい人ばかりで、貧困状態の僕を不憫に思い、時には涙をうかばせ、野菜をくださる方ばかりでした。怪訝な顔をみせる人はひとりもいませんでした。

電気もない、ガスもない、薄暗い部屋で、生野菜(主にきゅうり)をむさぼっていました。農家のかたの優しさに味をしめた僕は次第に、よみうりランド付近の農家のところまで足をのばすようになり、スイーツ感覚で果物まで恵んでもらうようになっていました。ほんと、傲慢な乞食だと自分でも思う。

程なくして、体に異変が起きました。汚いはなしになってしまいますが、トイレで用をたした時のことです。便の色をみて青ざめたんです。用を足してふと便器に目をやると、そこにはみどり色の便がありました。真緑なんですよ。きゅうりそのまま出ちゃった、みたいな。

今であればインターネットでググれば、危険シグナルですよ、でも今すぐに入院が必要ってわけではないですよ、栄養ちゃんと取りましょうねって状態だとか調べられますが(でも病院はいきましょう)、当時はそんなすぐに情報得られませんでしたから、「やばい、これは死ぬんじゃないか」って本気で思ったわけです。

ちゃんとした思考をもっていれば、病院に駆け込むなり、友人を頼るなり、何かしらの手を打てるのでしょうけれども、そのときの僕はもう気が動転してしまっていまして、駆け込んだのは近くの中華料理屋でした。

半べそかきながら、中華屋のおじさんに「すみません、もう何日も食べていなくて、なんでもしますから、ご飯食べさせてください!」と頼み込んだのです。

出てきましたよ、チャーハン。

厳密に言うと野菜は毎日食べていたので、ウソついてるんですよ。ウソついてチャーハンもらってるんですよ。

そうか、お腹がすいた時は、すなおに「お腹がすいた」と言えばいいんだ。そのことに気がついた瞬間でした。図々しい性格な僕は、それからというもの、農家に通うことをやめ、飲食店に通うようになりました。

個人経営でもチェーン店でも、飲食店の9割以上が、お金がない人間にたいし、食べ物を提供してくれる。僕の場合は、2日に1回も食べさせてもらっていました。店は毎回変え(リピートした店もありました)そのとき食べたい店に入っていました。

お気に入りは焼肉店。焼肉店の場合は有名どころのチェーン店は断られる場合があるので、個人経営の店にいきます。チェーン展開していないお店で断られたことはありませんでした。特においしかった焼肉店に何回目かのリピをした時に「おまえ、いいからうちでバイトして生活立て直せよ」とおやじさんに言われ、2ヶ月ほど続いた0円生活が終わったのです。


だらだら書いてしまいましたが、要点は「まともにコミュニケーション取れれば最貧困状態にまで落ちる可能性は極めて低い」ということを言いたかった。

「最貧困女子」を読んでみると、最貧困にまで落ちてしまう人は、コミュニケーション能力に問題を抱えている人ばかりです。素直になれない、SOSの出し方がわからない、他人が怖い。どうして行政を頼らないんだって言ったって、行政の窓口には「他人」がいますからね。接し方がわからないんですよ。怖いんですよ。だから「他人」は避けたい。網の目からこぼれ落ちてしまう「最貧困女子」をカバーするには、申請から受け取りまで、全てを機械化してしまう他にない気がします。

非常に重いテーマの本です。面白くもなんともない。
ただ、可視化できない最底辺の実情を知れる良書です。

僕がいますぐに、彼女たちにしてあげられる事は思い浮かばないけれども、お腹がすいたら、すなおにお腹がすいた、助けてほしいと、他人を信じて頼ってほしいと願います。



座頭魄市orejiru at 20:28│コメント(0)トラックバック(0)このエントリーをはてなブックマークに追加
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