2015年03月17日

1991年、大宅壮一ノンフィクション賞に選ばれたのは井田真木子著「プロレス少女伝説」でした。しかし選考委員の中でただひとり受賞に反対し続けた方がいらっしゃいます。

立花隆さんです。

その選評はある意味ではとても素晴らしいものでした。

私はプロレスというのは、品性と知性と感性が同時に低レベルにある人だけが熱中できる低劣なゲームだと思っている。そういう世界で何が起きようと、私には全く関心がない。もちろんプロレスの世界にもそれなりの人生模様がさまざまあるだろう。しかし、だからといってどうだというのか。世の大多数の人にとって、そんなことはどうでもいいことである。

清々しいまでのこき下ろしですよね。

僕自身は、プロレスを観たことがほとんどなくって、実家暮らしの高校生までは夜9時以降のテレビは禁止でしたし、そもそもプロレスが好きな友達は周りにいませんでした。でも、不思議なものでレスラーの名前はいくつか知ってるんですよ。ジャイアント馬場にアントニオ猪木、武藤に天山、蝶野とか。挙げようと思えばもっと出てくる。ブッチャーにスタン・ハンセンなどの外国人レスラーもいくらかは。きっと「プロレス名場面」みたいな特集番組で、名シーンをダイジェストにまとめて見たのかもしれない。だって長州力の「おれは噛ませ犬なんかじゃない」も映像として頭のなかに記憶があるんだから。

でも、やっぱりプロレスを観たいと思ったことはなくて、それは決して立花隆のように品性と知性と感性が同時に低レベルにある人だけが熱中できる低劣なゲームだと見下してたわけではないんです。プロレスにはブック(台本)があって真剣勝負に見せかけたショーだと知っていたから、そんな興行に熱をあげるのが恥ずかしかったのかもしれない。ましてや10代なんて尖っているしね(笑)。分かっていながら熱をあげるのは負け、みたいに考えていたんでしょうね。

そんな僕が、書店で見つけた本がこれ。






当初の目的は増田俊也「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」「七帝柔道記」に続く「柔」三部作の完結篇「VTJ前夜の中井祐樹」が発売になったと知って、書店にいったわけです。

VTJ前夜の中井祐樹
増田俊也
イースト・プレス
2014-12-24



この本を買うはずだったんですが、隣に置かれていた「1964年のジャイアント馬場 」が目に飛び込んできました。装丁のインパクト大きいですよね。思わず手に取って目次を確認して、つぎに参考文献を確認してみるとそこに「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」があって。力道山は日本プロレスの父なのだから当然といえば当然なんだけど、プロレス史を全くといっていいほど分かっていない僕には木村政彦と力道山とジャイアント馬場がどうしても繋がらなくて、その場で読みだしたんです。

ここでようやく知ったんですよ。ジャイアント馬場が元プロ野球選手だったことも、力道山に弟子入りしたのがジャイアント馬場とアントニオ猪木だったことも。きほんのきも知らない僕は、ここらで昭和プロレス史を読んでみるのも悪くないと思い至って「1964年のジャイアント馬場 」のほうを買うことに。出費が重なっていたのもあって「VTJ前夜の中井祐樹」は次回買おうと保留にしました。

読みはじめてみるとこれがもうめちゃくちゃ面白い。

名前以外はなにも知らないアイコン化された人物たちに命が吹き込まれて、泥臭くそれでいて素晴らしい人生模様をみせる。たしかに世の大多数の人にとって、そんなことはどうでもいいことです。なにか得られるものがあるのかと言うと、多分なにもない。プロレスに人生を教わった感受性の豊かなおっさんは、恐らく海鮮料理屋の生け簀からでも人生を学べるに違いないのです。

プロレス用語で試合の台本を「ブック」と呼び、試合以外の抗争を「アングル」と呼んでいます。この呼び方からもわかるとおり、プロレスは読み物だったんですね。

そう考えてみると、これだけ長きにわたって繰り広げられている連続ドラマというのも珍しいですよ。柳澤健の他の本も読まねば。以下の2冊もめちゃくちゃ面白いらしいですね。楽しみがまた増えた!







座頭魄市orejiru at 11:37│コメント(0)トラックバック(0) │ このエントリーをはてなブックマークに追加

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