2013年10月11日

今回紹介する本のまえにこれまで読んだ数学を題材にした本でおもしろかったものを2冊。

博士の愛した数式 (新潮文庫)
小川 洋子
新潮社
2005-11-26



数学数学していないので数学が苦手な人にもすんなり読める本。
これはとても面白かったです。女性に永く愛されるであろうラブストーリーの傑作ですね。
映画の方も鑑賞しましたがよく出来ていますので未見の方は是非。

それともう一冊はこちら。

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)
サイモン シン
新潮社
2006-05-30



数年前に友人からクソおもしろい本があると薦められて手に取りましたが、ほんとにクソおもしろかった!もう何年も前の読書体験ですが思い出すだけで鳥肌がたつ名著です。息子に読んでもらいたい本を10冊選ぶならまず1冊これはいれておきたい。
先に紹介した本に比べてググッと数学に寄った本ですが、数学アレルギーで定義とか全くわからない人でも数学やべーってなるので騙されたと思って読んでみてほしい。簡単に紹介しますと

「3 以上の自然数 n について、Xのn乗+ Yのn乗 = Zのn乗 となる 0 でない自然数 (X, Y, Z) の組み合わせが存在しない」

これがフェルマーの最終定理と呼ばれる問題です。(意味不明でも2.3.5.7...だいじょうぶ!)
17世紀フランスの数学者フェルマーはなにを血迷ったかノートの隅にですよ

「この定理に関して、私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる」

こう書き残してこの世を去ったんですね。このメモのせいで数多の天才数学者たちがフェルマーの定理を証明するために人生をかけて挑むわけです。この孤高の定理、なんとなーく簡単そうにみえて超やっかい。全然証明できないんですね。どれだけ厄介なのかは読み進めるうちにわかります。挑戦した天才たちの苦悩と挫折がね、読者の心にしみていきます。けれども全く歯が立たないわけじゃないんです。多くの天才たちが挑み、この難問を崩してみせるヒントを見つけていくんです。これがほんとにおもしろい!
理解できなくてもいいんです。ドラマがおもしろいですから。
ある者が証明のための架け橋となる公式を見出し、次の者へバトンを繫いでいくんです。
何年も何年もかけ——

そうして350年、350年ですよ奥さん。気の遠くなるような歳月を費やしついに1993年。
ひとりの天才がこのリレーにピリオドを打ったのです。
イギリスの数学者アンドリュー・ワイルズはケンブリッジ大学にて聴衆見守るなか、ついにフェルマーの最終定理を証明したんですね。
このカタルシスたるや。
わたしも定理については理解出来ませんでしたけれども、数学という学問がどれほど魅力に溢れているかというのはものすっごい理解出来ました。数学から距離を置いているかたは是非とも読んでいただきたい一冊でした。







本題にはいります。

仮にあなたが「フェルマーの最終定理」を読み終わっていたのだとしたら、おそらくタイトルを聞いただけでamazonへ飛び、ぽちっと購入ボタンを押してしまうであろう一冊。タイトルは



「素数の音楽」ゴゴゴゴゴゴゴゴ
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そうです。何度助けられたことか、この素数に。

と、思う人はそうそういらっしゃらないと思いますが、この本のテーマはずばり「素数」です。

素数の音楽 (新潮文庫)
マーカス デュ・ソートイ
新潮社
2013-09-28



先月文庫化されたばかりのこの本、久しぶりにジャケ買いしてしまったわけですがこれが超当たり本!
「フェルマーの最終定理」とはテーマが違うので読んでいなければならないわけではありませんが、既読の方なら間違いなくあの夢のつづきを味わえると断言しておきます。未読のかたはこちらから数学の世界に入ってみて、気に入ったら「フェルマー」でカタルシスを味わってみるのもいいでしょう。

フェルマー既読組は既にこのblogから離れamazonへと流れていったわけですが。
少し話を変えましょう。

ドイツの皇帝に「赤髭王フリードリヒ」と呼ばれ非常に慕われた王がいました。
第三次十字軍で死んだこの皇帝についてひとつの言い伝えがあります。
赤髭王は実は生きている。キフホイザー山中の洞窟で眠っており、ドイツという国が自分を必要とする時、その眠りから覚める。
ドイツの天才数学者「ヒルベルト」に或る日、ひとつの質問がされました。
「もし赤髭王のように500年の眠りから覚めたとしたら、君はいったいなにをする?」
ヒルベルトはこう答えたそうです。

「質問をする。リーマン予想は証明されたかね?」

「フェルマーの最終定理」に決着がつき、数学界が歓喜に包まれたその瞬間も、数学者たちの胸の内にあった考えは、フェルマーの最終定理が証明されても世界を一変させることは出来ない。ほんとうに意義のある証明「リーマン予想」の証明こそ人類が目指すべき挑戦なのだ、と。世界の真理の証明といってもいいもの、それが「リーマン予想」なのです。「リーマン予想」とは数学の最も基本的な「素数」を理解する試みです。日常でいえば先ほどフェルマー既読組が向かった先で、今頃「リーマン予想」を使っているはずです。クレジットカードの暗号化に「リーマン予想」が使われているんですね。

素数というのは2.3.5.7.11.13.......と、1と自分の数でしか割ることが出来ない数字のことです。
素数は完璧な秩序が保たれた数学の世界において、次の素数がいつ出てくるのか一切予測が出来ないという矛盾した数字。歴史は長く、なんと紀元前の古代ギリシャ人が素数を発見し(発見については2万年も前に存在したなど諸説あり)理解しようと試みました。
フェルマーの最終定理でも突破口を切り開いた18世紀最大の物理学者であり天文学者でもある数学者「オイラー」は素数に関してこんな言葉を残しています。

「この世には、人知ではうかがい知れない神秘が存在する。そのことを得心したければ、素数の表を一目見ればいい。そうすれば、そこには秩序も規則もないことがわかるだろう」

つまり、素数の理解は神の領域であり、宇宙を理解するのに等しいわけです。
しかし19世紀ドイツの数学者ガウスは素数を別の視点で見てひとつの発見をします。
素数表で見ても不規則である素数でありましたが、マクロ視点では法則があるように見えるのです。

どういう事かといいますと
1から10までの間に素数が何個あるか。
答えは4個です。
では1から100までだと?
答えは25個です。1から1000までは168個。
グラフ化すると…。

素数を音楽に例えるとわかりやすくなります。
1つ1つの音ではなく、音楽全体の構成を聴いてみると、そこに強烈な法則性が見えてきたのです。
素数の全体像は音楽を奏でていたのです。

この発表に世界中の数学者が再び注目をしました。
法則性などない。紀元前からさんざんいじり回してきた先人たちの結論でした。
しかしガウスがこのマクロ視点を発表したことで大きく前進していきます。
この数学と音楽の親和性については、元をたどると古代ギリシャ人に辿り着きます。
ピタゴラスイッチという言葉で馴染みのある方も多いでしょうピタゴラス。
彼が最初に数学と音楽の関係性に気付きました。
ピタゴラスは水をいっぱいに入れた壷を槌で叩いて音を出しました。
次に水を半分にしてもう一度叩いたところ、音は1オクターブあがりました。
さらに水を減らし、3分の1、4分の1、と減らして叩くと水のいっぱい入った壷を叩いた音と調和することを発見したのです。それに気付いたピタゴラスは宇宙は音楽が統べていると悟り、「天空の音楽」という言葉を作ったのです。残念ながらピタゴラスは素数の音楽を聴くことが出来なかったのですが。この数学と音楽の親和性を時代を超えて再び注目させたのがガウスです。

このガウスを尊敬し、数学の世界に入ってきたのがリーマンでした。

のちに「リーマン予想」となるそのアイデアは世界の見方を大きく変えるものでした。
簡略化して書いてしまいますと、数学でグラフを使うことがありますね。
このグラフというのは三次元のものを二次元に落とし込んでみています。
二次元とは三次元の世界を映す鏡です。影と言ってもいいでしょう。
つまり三次元の影を見ることで三次元を捉えようという試みですね。
リーマンは四次元のものを三次元に落とし込んで影を見ようとした人です。
これが「ゼータ関数」と呼ばれるものです。

ちょっと話がややこしくなってきましたでしょうか。
2.3.5.7.....だいじょうぶです。
わたしも「ゼータ関数」と言われて連想するものは「ゼータガンダム」でした。
「ゼータ関数」の説明を引用しようか迷いましたが、これは本書の醍醐味でもありますのでごめんなさい。
丁寧な解説で読者を導いてくれますし、理解した時の全能感を是非ご賞味ください。
ちなみにこのゼータ関数を土台にしてアインシュタインは相対性理論というさらに別次元の扉を開いたのですから、そのアイデアがいかに優れているか察しがつくでしょう。

ガウスが聞き、そしてバトンを渡されたリーマンは素数の音楽性を確かなものとしました。
こうして素数の音楽性が発表された後、その音楽を聴くために世界中の数学者が素数の世界へと導かれていくのです。

そろそろいいでしょう。

世界は数字で構築されています。
今お使いのコンピューターも、そのオフィスのある建築物も、その乗り物も。
全ては数学者が解を導き出したすえ、この世界に反映されたものです。

わたしたちが何故音楽に癒されるのか
それは矛盾に満ちた素数の中に、自然の中に答えがあったのです。

古くは2000年以上前、理解不能の素数はもちろん今も完全に証明は出来ていません。
ですが「リーマン予想」を通して壮大な大自然が奏でるアンサンブルを聴くことは出来ます。
どうか落ち着いてください。
落ち着いて考えれば必ずわかるはずです。

この本を読まないという選択肢がほんとうにあるとでもおもうのか?

座頭魄市orejiru at 15:26│コメント(0)トラックバック(0) │ このエントリーをはてなブックマークに追加

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