2015年04月

2015年04月28日

凍
沢木 耕太郎
新潮社
2005-09-29


帯にはこう書いてある。

もはや、フィクション、
ノンフィクションの区別に意味はない。
ここに、圧倒的物語が存在する。
それがすべてだ。

僕は山をやっていないので知らなかったが、知り合いの山をやっている数人にクライマー山野井泰史・妙子夫妻について尋ねてみると、口を揃えて「知らない人はいないよ」と言って、愚問を投げかけた僕をいなすように笑った。

それは、フィクション・ノンフィクション、というカテゴリで語られる物語ではなかった。もはや山野井夫妻の物語は、山をやる者たちの伝説なのだ。

山野井泰史が挑んだ山(壁と呼ぶべきか)がNAVERまとめにあるので一度ご覧あれ。これまでどんな山に登ってきたのか、彼の選択の異様さにすぐ気が付くはず。

山野井泰史氏が挑んだ山、大岩壁まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2136559108981901601?&page=1

沢木耕太郎「凍」は、山野井夫妻がヒマラヤの高峰ギャチュンカンに挑んだ時の物語だ。難易度の高いギャチュンカン北壁の登攀に成功するも、下山中に遭難、そして奇跡の生還までの物語。

下山中に雪崩が直撃してしまい、妙子夫人は崖から50Mも滑落し宙吊り状態に。泰史も雪崩を受け視力を奪われてしまう。零下30度の世界で身動きが取れなくなってしまう二人。極限状態で泰史が取った行動に震える。

手袋をはめたままでは、氷壁の隙間にロープを固定するためのくさびを打つことが出来ないと判断した泰史は、手袋を捨て素手で隙間を探していく。

そして隙間を見つけると、失ってもいい指を選び、指の上からくさびを打つ。重度の凍傷で感覚などとっくにない。その指を引き換えに固定されたくさびを得る。一本、また一本と。

両手10本、両足10本。夫婦併せて40本。

山野井夫妻の失った指の数は28本だ。

それほどの思いをして山野井夫妻は何を失い、何を得たのか。




命令形で言おう。

読め。

震えながら、かじかんだその指で。
凍えながら、ページをめくれ。


座頭魄市orejiru at 20:01│コメント(0)トラックバック(0)  | このエントリーをはてなブックマークに追加

2015年04月26日

2014年7月1日から始めた体作りも、あと3ヶ月で1年を迎える。当時(http://takushi.blog.jp/archives/51995309.html)あれだけ億劫だったランニングも、すっかり習慣的な“入浴”や“歯磨き”と同列に捉えるようになった。

体脂肪20%から1年で体脂肪1桁まで落とすのを目標に走り続け、現在は11%台にまで到達した。

けれどもここにきて完全に停滞してしまった。

走れども走れども、体脂肪落ちてはいかず。数字は11%と12%の間を居心地良さそうに腰を落ち着けてしまった。ゆらゆらと揺れながら。

生活習慣を見直して、改善できそうなものは手当たり次第に修正してここまできたが、お昼ご飯は好きなものを食べる(但しラーメンには規制をかけて)という、ある種の「主義」といってもいい部分にまでメスをいれて、見直していく必要に迫られた。

「ランチくらい好きなもの好きなだけ食ってやる主義」を曲げるしかない。


そんなわけで、図らずも「弁当男子」というサードウェーブ系な流れに呑み込まれていく展開となってしまったのだが、せっかく弁当を作るのだから、他に付加価値をつけてその過程を楽しみたいと思い、弁当素人の成長記録を残そうと決めた。そして、せっかくやるのだったら3ヶ月なんて半端に取り組むのではなく、とことんやってみる。

1000個。

弁当を作ったことのない男性が1000個の弁当を作るとどれくらい成長するのか。足掛け5年の1001個目の弁当を妻と息子のために作ってあげる。

これならきっと最後まで楽しめる。


では、始めます。


No.1
1


No.2
2


No.3
3


No.4
4


No.5
5



【ひとこと】
やっぱり弁当おかずの王様「からあげ」から。近所で国産地鶏のもも肉が2kg単位の購入で100g68円というブラジル産鶏も驚きの価格で買えた。1kgを冷凍して、500gを醤油、日本酒、ごま油、にんにくしょうがで仕込み、500gをヨーグルト、オリジナル7種のミックススパイスで仕込んだ。一人の弁当用としては仕込すぎ。しばらくからあげが続く。失敗(味はいい)。仕込みは多くて300gで止めておこう。

弁当箱を持っていないので、息子が幼稚園の頃使っていた小さい弁当箱を2個拝借。秋田の曲げわっぱが欲しい。でもその前に腕をあげなければ。

座頭魄市orejiru at 10:02│コメント(0)トラックバック(0)1001個の弁当  | このエントリーをはてなブックマークに追加

2015年04月24日

プロレスを読もう。

調べるとほぼ確実に名前が挙がってくるのが「プロレス少女伝説」だ。絶版となっていてamazonでは2015年4月現在10000円の値がついている(kindle版で¥432で購入できる)。

著者の井田真木子を調べてみると日本におけるノンフィクションは井田以前、井田以後と著者を軸に明確に分けられるほど影響を与えた作家のようだ。それほどの作家であるのになぜ絶版なのか。「プロレス少女伝説」だけではない。井田真木子の全作品が絶版なのだから不思議な話だ。

こうして調べているうちに「プロレス少女伝説」を読みたいという思いは、いつのまにやら「井田真木子」を読みたいという欲望へと取って代わった。


2014年刊行された「井田真木子 著作撰集」

井田真木子 著作撰集
井田真木子
里山社
2014-07-19



600頁に近いボリュームに2段組みでびっしりと文字が埋まっている読み応えのある本。収録されているのは「プロレス少女伝説」「同性愛者たち」「かくしてバンドは鳴りやまず」の長編3本他エッセイ12篇。

3000円を超える値段も、単行本5冊分もあろう分量を考えると良心的。

ともかく、素晴らしい内容だった。
造本も含めていい本。

この著作撰集の仕事に深く感動して、出版元の里山社をネットで検索したら、マガジン航(http://magazine-k.jp/)の連載をみつけた。http://magazine-k.jp/category/series/hon-wo-dasu-made/

まだ誕生して間もない小さな出版社のようだが、分かりやすいイメージで言うと中央線カルチャー的な匂いのする出版社に成長しそうな、今後が楽しみな出版社だ。そして僕には井田真木子と里山社のその社会に対する姿勢はどこか共鳴しているように感じる。

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井田真木子の第2集も入手。
このあとの楽しみ。

座頭魄市orejiru at 19:44│コメント(0)トラックバック(0)  | このエントリーをはてなブックマークに追加

2015年04月18日

001

【あらすじ】
被告人大出俊次(清水尋也)の出廷拒否により校内裁判の開廷が危ぶまれる中、神原和彦(板垣瑞生)は大出の出廷に全力を尽くす。同様に藤野涼子(藤野涼子)も浅井松子(富田望生)の死後、沈黙を続ける三宅樹理(石井杏奈)に証人として校内裁判に出廷するよう呼び掛ける。涼子は柏木卓也(望月歩)が亡くなった晩、卓也の自宅に公衆電話から4回の電話があったと知り……。
【感想】
前編が悪くない仕上がりだっただけに、落胆は大きかったです。後篇で中学生の裁判“ごっこ”を覆す仕掛けが用意されてるとばかり思っていたのですが、最後まで裁判“ごっこ”が続いてしまってる。お金と時間を贅沢に使った、文化祭での舞台劇を見たような気分です。

これ、原作はいいんだろうなぁ。でも、この映画見たあとに原作を取る気にはどうもなれない。なんだかとても残念なことをしてしまった気分になって落ち込みます。

これといって書くこともないので、おしまい。

座頭魄市orejiru at 20:10│コメント(0)トラックバック(0)映画  | このエントリーをはてなブックマークに追加
2015,4,12(日)
ビルボード東京でジョージ・クリントン&PARLIAMENT/FUNKADELICのライヴを観てきた。

1



george clinton 06


上の写真は全盛期のもの。
あくまでファンク。痺れます。

僕は大概HIPHOPを聴いていることが多いのですが、根っこでは「ファンク」しているかどうかをとても大事にしています。

僕の好みの源流にはジョージ・クリントンがどっしり構えて佇んでいる。

今回、初めて生のジョージ・クリントンを聴けるということで、朝はいつもより早めに起きてジョギングを10kmこなしてからシャワーを浴び、ファンカデリックの音楽を聴きながら部屋の掃除をして、起きてきた息子と遊んで気持ちを整えてからライヴに臨みました。出掛けに妻からは「明日から奇抜なファッションしたくなるかもね」と言われて「いや、もう36歳になるのだから」と答えたものの、御歳73の総帥ジョージ・クリントンの奇抜なライヴに行く直前に36歳という年齢を大人の数字として出してしまった自分の子どもっぽさに思わず苦笑い。

昂る気持ちにブレーキを踏みながらビルボード東京へ向かう電車の中で、全盛期をとうに過ぎたジョージ・クリントンに今更ながら会おうとしている僕は、正しい選択をしたのだろうかという不安がよぎった。でも、そんな疑問こそ今更だよなとまた苦笑い。

ビルボードに到着して席につき、ラムチョップのローストとヒューガルデンホワイトを注文して食事を楽しみながら開演を待つ。

時間。暗転。総帥、降臨。

眼前にジョージ・クリントンがいる。

それだけで十分だった。

チケット代の元を取れた。

肝心の音に対する感想はと聞かれると、思い出しても苦笑い。ジョージ・クリントンに対して使う言葉として正しいとは思えないけれども、「ファンク」しきれていなかった。少なくとも4.12のライヴは失敗に終わったと思う。それはP-Funkの残り香だった。

それでも会えてよかった。ほんとに。

ライヴ終了後、購入したTシャツは今回のライヴTシャツではなく、PARLIAMENT全盛期のアルバムジャケットTシャツ。

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ああ、そうそう。ライヴが始まって30分くらい経過したあたりで、内田裕也が会場に入ってきた。ビールを注文してちびちび飲みながらジョージ・クリントンを眺め、15分程見たあとに退場していった。これまた随分と退散が早いなって思ってたら、ライヴが終了して会場を出ようと出口に向かうとそこに内田裕也が座ってビールを飲んでた。ずっとそこで飲んでたのか。

内田裕也75歳、ジョージ・クリントン73歳のライヴを見に行くの巻。

座頭魄市orejiru at 10:06│コメント(0)トラックバック(0)音楽  | このエントリーをはてなブックマークに追加
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