2014年06月

2014年06月29日

調味料界のジェンダーフリー「味の母」をご存知でしょうか。

一度味をしめたら後戻りはできない、素晴らしい調味料なんです。



「味の母」は「酒」と「みりん」の中間にあたる調味料です。「酒」でもあって「みりん」でもある、そんなジェンダーフリー調味料なんです。

例えば煮物の基本。

しょうゆ:酒:みりん=1:1:1 
  ↓
しょうゆ:味の母=1:1 


これでOK!

しょうゆ:酒:みりん:砂糖=1:1:1:少々
  ↓
しょうゆ:味の母=1:2

これでOK!

お味のほうは、「酒」と「みりん」を使用したものよりも味がまろやかになります。素材の味を生かしつつ、口の中に広がる自然の甘みが顔をほころばせるんです。照り焼きなどでも、照りが美しくなりますよ。

「酒」「みりん」は不要になりますから、台所スペースにも優しい主婦の味方、母。


ここで原材料を見比べてください。

こちらが「みりん」の原材料。
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もち米、米、米こうじ、醸造アルコール、糖類。

続いて「料理酒」の原材料。
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米、米こうじ、食塩、ブドウ果汁、水あめ、たんぱく加水分解物、食塩、酒精、アミノ酸、酸味料。


そして「味の母」
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米、米こうじ、食塩。

このシンプルさこそが、ほんとうの「美味しい」を引き出してくれるんです。


にわかには信じられないのでしたら、amazonのレビューも参考にしてみるといいですよ。



amazonは送料無料です。

騙されたと思って一度お試しになってみてはいかがでしょう。料理の腕があがったように感じるはずですよ。

座頭魄市orejiru at 22:15│コメント(0)トラックバック(0)雑記  | このエントリーをはてなブックマークに追加

2014年06月28日

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中島哲也監督作品を鑑賞するのは「下妻物語」「嫌われ松子の一生」「告白」に続いて今回が4本目でしたが、この4本の中では一番肌に合わない作品でした。

そうはいっても見応えは十分にある作品で、俳優さんたちの演技がスゴく良かった。

役所広司、黒沢あすか、妻夫木聡、二階堂ふみ、中谷美紀、オダギリジョー、國村隼ら実力派俳優勢が脇を固めて、本作がデビューとなる小松菜奈を全員で担いでいる感じ。

その小松菜奈がほんとうに魅力的な女の子で、この子でなければ「渇き。」は完成しなかっただろうな、と思わせる説得力をもった可愛さなんです。

この映画はそういった人を狂わせる悪魔的な「可愛い」ヒロインがいないと成立しないんですが、小松菜奈はそれを成立させている。これだけ「可愛い」女の子にそそのかされたら、そりゃ男は「醜く」もなりますって。

「下妻物語」の深田恭子、「嫌われ松子の一生」の中谷美紀、「告白」の松たか子。これまでも女優さんをうまく担いできた中島哲也監督でしたが、今回のはその集大成とも言えるんじゃないかなあ。


でも、やっぱり僕は本作の演出を好きにはなれません。暴力描写を全面に出しているのに、その残虐性を濁すように多用されるアニメーションは、演出の逃げじゃないか、そう僕には映りました。暴力を撮りたいのか撮りたくないのか分からない。

腹を切り裂かれ内蔵がむき出しになっている男の、その腹を土足で踏んづけるなんて残虐性を見せたかと思うと、ころっとポップなアニメーションに切り替える。高校生の虐めシーンだってそう。これらはアニメーションにする必要性があったのかな。キッチュな映像表現にこだわりすぎてメッセージがぼやけてしまっている印象を受けました。

それとこれだけ暴力的に突っ走っておいて、ラストに得られるカタルシスの無さといったらない。完全に消化不良。一体どんなメッセージを受け取ってもらいたかったのか、僕にはさっぱり分かりませんでした。

いい映画も作れる監督さんなので、次回に期待したいと思います。

座頭魄市orejiru at 17:06│コメント(0)トラックバック(0)映画  | このエントリーをはてなブックマークに追加

2014年06月24日

300_rise_of_an_empire



ネタバレに繋がる記述があります。
ネタバレ回避される方はお戻りください。



ザック・スナイダー監督が手掛けた「300 〈スリーハンドレッド〉」に僕は、魅せられ熱狂し、何度も繰り返し観ました。それが2007年。

ついに続編が出たというわけで、もちろん公開初日、3DIMAXでの鑑賞をしてきました。

ザック・スナイダー監督は「マン・オブ・スティール」(ブログに感想は書いてませんが「マン・オブ・スティール」の出来もスゴくいい!)制作で忙しく、今回の「300〈スリーハンドレッド〉~帝国の進撃~」は裏方に回ってしまっているんですね。

でも特に気にしませんでした。

というより「300 〈スリーハンドレッド〉」の続編というだけで舞い上がってしまい、どんな設定なのかも全く下調べせず楽しみたいと考えていた僕は、今回はスパルタ軍がメインでない事も、海上戦だという事すらも知らずに観たんです。

結果、どんどん話が展開していくなかで僕はひたすら「スパルタ軍はまだか!」「スパルタ軍の到着が遅い!」と延々とスパルタ軍を心の中で呼び続け、スパルタンカタルシスを味わう場面がないまま上映終了してしまうという失態を演じてしまうのでした。

ラストのラスト、どんでん返しとしてスパルタ軍が登場するんですが、3分くらいでしょうか。いや、多分もっと短かったと思います。

勝手に期待しておいて、願望が叶わなかったから拗ねてるだけでもあるんですけどね。それにしてもガッカリしてしまったのです。

スパルタ軍が出ないというガッカリポイント1つめは、僕の個人的なアレなんですが他にもガッカリポイントがありまして。

今回の新作は躍動感がないんですよ。

3Dの奥行き感を意識した構図ばかりで、300 〈スリーハンドレッド〉らしい筋肉の躍動感がないがしろにされているように感じます。観たかったのは景色の奥行きやない!筋肉や!

また、海上戦という事もあって、足元のおぼつかない船の上では生き生きとした動きがしづらいんですよね。どうしても足を止めての攻撃になってしまって。暴れ馬が船上を駆け回るシーンなどもあるんですが、ちょっとそれは無理があるかなあって冷めてしまったり。


でもやっぱり完全無欠のスパルタ軍が観たかっただけなのでしょうね。酷い言い方ですが、ザコの大軍VSザコの大軍という闘いに、少なくとも「300 〈スリーハンドレッド〉」の冠をつけてほしくはなかったんです。

「300 〈スリーハンドレッド〉」
それは、「300人 VS 1000000人」というバカ設定だからこそ輝いていたはずなのに。

僕にとっては、非常に残念な映画でした。




座頭魄市orejiru at 13:51│コメント(0)トラックバック(0)映画  | このエントリーをはてなブックマークに追加

2014年06月23日

七帝柔道記 (角川書店単行本)
増田 俊也
KADOKAWA / 角川書店
2013-08-08


もちろん「七帝柔道記」単体として読んでも、十分に熱い青春小説だとは思いますが「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」を読んでいるとさらに、一層深い感動を味わえる小説だと思います。




「木村政彦〜」もそうでしたけれど、「七帝柔道記」を読んでみて、「努力」には「才能」が必要なんだなあと思いました。僕にはこれだけの練習を続けられる自信がまったくないんです。強さには憧れる。柔道を今からでもやってみたいとまで思いました。

どちらの本も、読了後には外に飛び出してジョギングしてしまったくらい感化されて。

ジムに行ってウェイトトレーニングも始め、水泳も始めて、体を鍛える楽しさと厳しさとに向き合ってみてるんですけど、やっぱり限界があるんですよね。楽しいんだけれども、「もうダメだ」が早い。

それで自分を知るんです。

僕は木村さんや増田さんのように、たった一つのことにのめり込んだ事がこれまで一度もなかったんだって。

それは別にスポーツに限定した話ではなくて、「音楽」でも、なんなら「遊び」だっていい。

周囲からすれば「バカみたいに」のめり込んで他のことは何も考えられないって、才能がないと出来ないことなんですよね。「努力」に「努力」を重ねて突き抜けた景色を僕は知らない。

感動をいただいた素晴らしい小説でしたけれど、同時に少し自己嫌悪に陥ったりもしました。


小説の「その後」はどうなったんだろう。気になって調べてみると彼らの動画もyoutubeで観ることが出来るんですよね。途中まで観てしまったんですが、小説で読みたいという気持ちが強まったので結果を知るのはやめました。

そして検索かけててもう一つ。
増田さんがtwitterやっているのは知っていたけれども

@MasudaToshinari
https://twitter.com/MasudaToshinari

竜澤さんがいる!!
@h3y_d
https://twitter.com/h3y_d


続編楽しみにしています。

座頭魄市orejiru at 13:52│コメント(1)トラックバック(0)  | このエントリーをはてなブックマークに追加

2014年06月20日

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これまで「π」「レクイエム・フォー・ドリーム」「レスラー」「ブラック・スワン」と、次々に傑作を生み出しコアな映画ファンを唸らせてきたダーレン・アロノフスキー監督の最新作。

「相次ぐイスラム教圏での上映禁止!」と宣伝文句になっているのか、なっていないのか、よく分からないニュースで関心が集まっているようです。

上映禁止が相次いでいるのは映画の内容に問題があるんじゃなくて、アロノフスキー監督個人に対してなんじゃないかなと思うんです。

というのもアロノフスキー監督は「レスラー」の1シーンでイラン国旗を叩き折る描写をいれていて、イランからかなり批難されていたんです。イラン大統領のアドバイザーも、イスラム文化を否定するのかと怒って、正式な謝罪を求める声明文を出したり、イスラム圏ですごい波紋が広がってしまったんです。

そういう国際的なもめ事を起こしてしまったのが2009年で、その2年後の2011年に「ノアの方舟」製作を発表したんです。

これはイスラム教圏の人たち、恐らく観たくないんですよ。

だって国旗叩き折るような映画作る人間なんですよアロノフスキー監督は。

「ノアだけはガチ」って人たちですから、新解釈で描く「ノアの方舟」なんて、どうせろくでもない解釈してんだろって思っちゃいますって。

彼の描く「聖書」なんて危なっかしくて観るのが怖いんですよきっと。相次ぐイスラム教圏での上映禁止であって、「ユダヤ教圏での禁止」ではないのはそういう過去の経緯があるからじゃないのかな。



じゃあ、実際のところ「アロノフスキー監督の新解釈はろくでもないのか」なんですが、僕はアロノフスキー監督の新解釈「ノア」はすごく腹に落ちました。



ノアの物語を超ざっくりと。

ノアはお告げを聞きます。ノアはアダムから数えて10代目の人で、この頃には地上に人間がたくさん増えてしまいました。僅か10代でそんなに増えるだろうかと疑問に感じるんですが、ノアってこの頃600歳なんですよね。そのお告げというのが「人間が増えまくって悪いことばっかりするから洪水起こしてリセットするよ」という内容で。

ノアは勤勉な人間だからノア家族は助けてやる、それと動物たちと。それで方舟を作らせるんです。その中にオスメスつがいで入って、ノア家族はノア夫婦と、息子3人と、その息子の妻3人とが乗り込んで洪水がおさまるのを待ちます。洪水は40日間続いて150日間地上が現れませんでした。

地上が現れたかどうかの確認のため、鳩を放すとオリーブの葉をくわえて戻ってきました。地上が現れたことを知る瞬間です。

無事に地上に降りたノアは葡萄を育てます。そして葡萄酒をがぶがぶ飲んで酔いつぶれてしまいます。

このあと家族間で泥仕合が始まっちゃうんですけども。



アロノフスキー監督はこの物語における最大の疑問「ノアはなぜ酔いつぶれるほど酒を飲んだのか」に迫っていきます。酔いつぶれた情けない姿がクライマックスで、酔いつぶれたあとの泥仕合は描かれていません。

もっとも、その後もノアは数百年生きるわけですし、どこかで「ぶつ切り」しなければいけないんですが。

聖書には地上に着いた。ノアが酔いつぶれた。と明記されているのみで、ノアの心情は一切わからないんです。



この映画で思い出したのは高畑勲監督のことでした。

「アルプスの少女ハイジ」の原作は、僅か17ページの短編でキリスト教の布教の話。出来事はそのままに「その時ハイジはどう思ったのか」その心情を描きました。

そして「かぐや姫の物語」では日本最古の物語「竹取物語」の出来事をそのままに、かぐや姫の心情を描きました。

アロノフスキー監督が今回ノアでやりたかったことって、高畑勲監督とおんなじことだったんですよね。

そしてこの「なぜノアは酔いつぶれたのか」がアロノフスキー監督の新しい解釈によって見事に腹に落ちていく映画です。これは見事です。



「ノア夫婦と、息子3人と、その息子の妻3人とが乗り込んで」という部分にも注目してみると面白いです。

そうきたか、と。

そしてそれが全て「ノアが酔いつぶれるほど酒を飲む」心情に繋がっていくんですね。



ネットではかなりレビュー評価低いです。

でも僕はこれ、2014年の映画でもかなり上位に入ってくる名作だと思ってます。

これからたくさん出てくるであろう考察を読むのが楽しみな映画です。
是非是非劇場で鑑賞してみてください。

座頭魄市orejiru at 11:09│コメント(0)トラックバック(0)映画  | このエントリーをはてなブックマークに追加
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