2014年02月

2014年02月26日

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TBSラジオ「たまむすび」内で毎週火曜日に放送中の人気コーナー映画評論家の町山智浩「アメリカ流れ者」で紹介されました映画が衝撃的でした。

町山さんが、まだ2月であるにも関わらず2014年ベスト映画として紹介されてまして、「これを超える映画は人間の力では作れないだろう」とまでいわしめたドキュメンタリー作品です。

ちょっと信じられないような内容です。
こういう言い回しは威圧的で好きではないんですが、これ見ないという選択は“罪”なんじゃないかと思わせるような、そんな内容です。文字起こしをしましたので映画好きもそうでない方もまずは読んでみて。

町山智浩 以下【町】
赤江珠緒 以下【珠】
山里亮太 以下【山】


【町】今日の(紹介する映画)はですね、今回のアカデミー賞ドキュメンタリー部門で最有力候補といわれている作品で、「アクト・オブ・キリング」という映画です。ぼくは今年2014年に入って見た映画で最高傑作ですね。これを超える映画はたぶん出てこないんじゃないかな。

【珠】早くも!

【町】はい。これを超えることは出来ないんじゃないかな、と思ったんですよ。人間の力では

【町】これインドネシアの話なんですが、今から49年前の1965年にですね、インドネシアで左翼とか共産党支持者とか中国系の人々が100万人以上虐殺されたんですけど、その虐殺した本人がその虐殺の再現ドラマを映画にして記録してみせたのが「アクト・オブ・キリング」なんですよ。

【珠】え? そのぉ…。虐殺をした人たちが?

【町】そう。「こんな風にやったんだよぉ~ん♪」つって。

【山】え? 虐殺した人がいま普通に暮らしてたり、できるんですか?

【町】彼はいま英雄です。国を救った英雄になってるんですよ彼ら。

【山】あ、まだ悪い人たちという捉え方はしてない。

【町】虐殺をしたおかげでいまのインドネシアがあるってんで英雄になってるんで。国営テレビに出演するシーンがあるんですけど、1000人殺したアンワルさんっていう非常に温厚そうな、ブッシュマンのニカウさんに似ているおじいちゃんで、この人1000人殺してるんですね。で、国営テレビに出演して女子アナが出てくるんですね。その女子アナが「みなさ~ん♪ このアンワルさんが1000人の非国民を殺した英雄ですよ~♪」っていうんですよ。

【珠】【山】え~!? それ今!?

【町】いま、現在のはなしです。

【町】このアンワルさんに腰巾着でくっついてるヤクザがマツコ・デラックスさんそっくりなんです。

(資料写真に目をとおして)
【珠】【山】たしかに、ほんとだ(笑)

【町】この人、男なんですけどずっと女の人を演じてるんですよ。女の人を何種類も演じてるんですね、女装で。マツコ・デラックスそのものとして。しかも虐殺シーンでですね、レイプされたりするんですよ。

【珠】え?

【町】なにをやってるんだこいつらは! って思うんですよ。

【珠】そもそもなんで自分たちで映画に?

【山】進んで、ねぇ。

【町】この映画を作ったのはアメリカ人なんですね。ジョシュア・オッペンハイマーというドキュメンタリー作家さんで、もともとは10年くらい前にインドネシアで事件の被害者たちを取材してたんですよ。こんな酷いことがあったのに世界の人がほとんど知らないんですよ。

【珠】たしかに…。100万人を超える大虐殺が…。

【町】その遺族の人たちを取材してたんですけど、遺族たちはフィルムに映りたがらなかったんですね。なぜなら虐殺した側が政権をもっているから。

【山】なるほど。

【町】だからじゃあどうしようって時、あ、そっか! と、殺した側の人たちはテレビに出てるしカメラに映ってくれるな、と思って会いに行くんですよ。そしたら彼らは自分たちが批判的に撮影されるなんて夢にも思わなかったんですね。なぜなら彼らはインドネシアでは英雄なんで。批判されたことがないんですよ。しかもアメリカ人なんで、オッペンハイマー君が。

アメリカってのは虐殺を指示(※支持?)した側なんですよ実は。

【山】あ、そっか。共産主義者を殺したから。

【町】そう。だから味方だと思ったんですね。自分たちの虐殺行為を誉めてくれると思い込んでペラペラとカメラの前で喋ってるところから始まるんですよ。

【珠】【山】おぉ~!

【町】オッペンハイマーは撮ってるとき、それはダメな事だとか言わないで、そうなんですか、そうなんですかって淡々と聞いていくんで、アンワルさんも話してるうちに、「こんな感じで! ちょっとそこ座ってくれ」って座らせて、針金をこうやって首に巻いて絞めたんだってやるんですよ。それやってるうちにどんどんエスカレートして、お金をかけて衣装とか集めたりエキストラ集めたり、最後にはひとつの村ぜんぶ全滅させる大虐殺シーンにまで拡大していくんですよ。調子に乗って。

【珠】自分たちのやった事は、隠したいことではないんですね。

【町】そうなんですよ。

【町】なぜ虐殺事件があったのかっていうのを話さないと分からなくなっちゃうんですけども、すごいややこしいんですが、デビィ夫人っていらっしゃいますよね。あの人はインドネシアのオランダ領から独立させた「独立の父」スカルノ大統領の第3夫人だったんですね。で、1960年代の半ばにスカルノ大統領は方向を転換してですね、共産党を自分の支持基盤にしていくんです。その頃共産党は貧しい農民から人気があったんですね。それで取り込んでいったんですけど、どうしてかというとインドネシア軍ってのはもの凄い独自の権力をもっていて、非常に危険で、大統領も怯えてたんですね。それに対抗するために人気のある共産党を自分の仲間に引き入れたんですよ。スカルノ大統領は。

【珠】【山】はいはい。

【町】ところが1965年の9月30日にですね、軍のトップ6人がいきなり殺されるんですね。その6人は軍隊内の左派、つまり左翼で、共産党と組んでクーデターを企てたから処刑されたって発表されるんですよ。それがほんとうかどうか今も謎なんですけども、そのトップ6人がいきなり殺されてしまったんで、上から7番目の地位にいたスハルトという人が軍を掌握しちゃうんですね。

それで最終的にはスカルノから大統領の座を奪ってスハルト大統領になるんですよ。ところが、スハルトはですね、国家転覆を企んだ共産党および左翼とか労働組合とか、中国系の人々を非国民として大虐殺をしたんですよ。

【珠】ふ~ん。

【町】というのが背景にあるんですね。ただその100万人も殺すってどうやるのかって事なんですが、実際に虐殺を実行をしたのはですね、当時インドネシアで仕事がなくて色んな不満を抱えた若者たちなんですよ。

【山】えぇ…。

【町】アンワルさんもその頃はチケットを売っていたダフ屋だったんですよ。で、チンピラを集めてやつらを殺せ! ってやらせたんですね。その組織化されたチンピラたちは今、パンチャシラ・ユースという愛国青年団に組織化されて現在も300万人がいて、インドネシアを守る暴力装置として機能しているんですよ。

【珠】【山】えぇ~!?

【町】で、彼らみんな英雄なんですね。これ完全に政府がOKしてるんで、現在のインドネシアの副大統領はこの映画に出てきてですね、ヤクザとかチンピラとかがこの国を守ってるんだ! って演説するシーンも出てくるんですよ。

【珠】え、いや、ちょっと…そういう感じなんです…ねぇ。

【町】さっきの、国営テレビでですよ、女子アナが「こんなに殺したんなら、親を殺された子どもたちからあなたたちは恨まれるんじゃないですか」ってシーンがあるんですよ。

【珠】うんうんうん。

【町】そんな素朴な疑問をぶつけたら、その愛国青年団のやつがですね、「だいじょうぶだよ。その子どもも殺すから」って言うんですよ。

【山】いや…それは…。

【珠】ちょっと…信じられない…。

【町】これ現在のインドネシアですよ。彼らの許可を取って撮影してるんですよ。作ってないんですよ。

【山】しかも、賞賛されるものを撮ってると思ってるし…

【町】そうなんですよ! 自分たちは誉められると思って、思いっきりやっちゃってるんですよ。おれたちサイコー! って感じでやってるんですけど、でも撮ってる側はなにも言わず黙って撮ってるから、わかってないんですね。やってる方は。

しかも、彼らが演じるですね、虐殺ドラマってのは極めてしょうもないんですよ。なんていうか日本のお笑い番組以下のレベルなんです。コメディなんですよこれ。

【珠】たしかにね、巨漢のギャングの人が女性役をやったりとか。

【町】マツコ・デラックスが! そのマツコ・デラックスが出てきてお腹を撫でながら妊娠してるかぁ~とか言うんですよ。なに考えてるのかわからないギャグが連続するんですよ。これはすごい、とんでもない内容ですね。

【珠】これは…かつてないんじゃないですか?

【町】いまみんな大金持ちになってるんですけどね。自慢するシーンも出てくるんですよ。こんないっぱい宝石があってな、つって。ここに住んでたやつを皆殺しにして儲けたんだとか言うシーンも出てくるんですよ。全然反省してないですからね。

【山】撮ってる最中とかに気付いたりしないんですか、こいつらは。

【町】このアンワルさんはですね、夜中やっぱり眠れなくて、自分が殺したやつが幽霊になって出てくるって言うことを何度も体験してるんですね。あ、これ(劇中劇)アンワルさん自身が脚本を書いて、彼自身が演じて監督もして、要するに彼しか、目撃者あんまり生き残ってないので、要するに彼自身が作っている映画なんですね。で、最近夢に殺した人が出てくるから、それを映画にいれようってことで幽霊を作るんですけども、その幽霊がまたどうしようもなくて、昔おれたちひょうきん族でさんまさんがやっていたパーでんねんみたいな感じなんですよ。もう爆笑してしまうんですけども。自分でも笑ったらいかんと思っても、笑ってしまうんですよ。

もう、この見ていて気持ち悪い感じっていうのは遠藤周作さんって作家がですね、第二次世界大戦が終わってから13年後くらい経ってからですね、「海と毒薬」という小説を書いてるんですけど、その時に町のふつうのおじさんが銭湯でですね、「兵隊として中国に行ったときはやりたい放題楽しかったなあ、殺し放題 犯し放題で」って言うシーンがあるんですけど、それ読んだときのもの凄い不快感というか恐ろしい感じがよみがえる感じなんですよ。

見てる間はらわたを掴まれた感じなんですけど。

【珠】【山】ん~。

【町】で、アンワルさんが撮ってるうちにだんだん、おかしくなっていくんですよ。

【山】ほぉ。

【町】それで自分と一緒に大量虐殺をやったアディっておじさんを呼んで、虐殺シーンを一緒に撮るシーンがあるんですね。するとそのアディに「ちょっとここだけの話だけど、おれ最近つらいんだ」って言うんですよアンワルさんが。

【山】ほぉ。

【町】「もうたくさん殺して、こうして再現しているうちに辛くなってきたんだ」って言うんですよ。するとそのアディが「だいじょうぶだよ、おまえ。気にすんな。ほら、ビタミンでも飲め」って言うんですよ。

【珠】ちょっと…ちょっと。

【町】で、「おまえ覚えてるか?おれもいっぱい殺ったけど、あの頃おれ中国人のガールフレンドいただろ」って言うんですよ。で、「そのおやじレンガで殴り殺したからさ」って言うんですよ。「覚えてるだろ、ほら」って。「中国人だって理由だけで」って言うんですよ。

【珠】いやぁ…。

【町】アンワルさんが悩んでるのに対してアディは政治家として金持ちになってて、高級ショッピングモールでおしゃれに買い物したりするシーンも出てくるんですけども、すごくね、理性的に、冷静に、自分たちがやったことを客観的にですね、合理化してる人なんですね。この人のほうがちょっと怖かったんですけども、ぼくは見てて。

で、アディがこう言うんですよ。

「あれは虐殺だったというけれども虐殺じゃないんだ。あれは戦争だったんだ」と。「共産主義との戦争だったんだからしょうがないんだ」って言うんですよ。

で、「それって戦争犯罪なんじゃないですか?」って監督が突っ込むんですよ。すると「なにいってんだ、戦争犯罪かどうか、虐殺かどうか、それを決めるのは戦争に勝った方が決めるんだ」って言うんですよ彼は。

【山】お、おう…。

【町】ヒロシマに原爆を落としたアメリカ兵って死ぬまで反省しなかったですけど、それに近い感じなんですね。勝った側だから。逆に日本が勝っていたらどうなっていたんだろうって気持ちもすごいあるんですよ。

これはもう色んなことを考えさせる映画なんですよ。

【珠】ちょっとこれは人間の善悪とか良心とかって、こんな感じに…なれちゃうんですね。自分がこう…信じてるものがあれば…それが合っていようが間違っていようが…。

【町】そうなんですけど、アディの考え方っていうのは善悪っていうのは状況によって変わるんだし、勝ったものが歴史を作るんだから、そんな事で悩むなよ、という考え方なんですけども。アンワルさんは実はそうではなくて、状況とかではなくて自分がやったことはやっぱり悪いことだって段々苛まれていくんですよ。

【山】わ…この映画をきっかけに、徐々に。

【町】はい。そこから大変なことになっていくんですね、この映画は。

実はアンワルさんはいい人だったんじゃないか、とぼくは思ってるんですよ。

【珠】えぇ~!? そ、そうなります?

【町】彼は利用されただけだと思います。日本でも戦争行った人たちで悪いことした人いますけども、でも彼らは普通の人でしょ。ほんとうは、やらせた奴らがいるわけですよ。上の方に。

でね、段々そのことにアンワルさん気付いていくところが怖いんですよ。

【山】でもこれ、国として気付くことは危険なことなんじゃないですか?

【町】もの凄い危険な事だと思います。これ今、体制が続いてるんですからね現在もねえ。これだから世界的にインドネシアがどういう状況なのか、いまスゴい経済発展してますけども、このまま放っておいていいのかってことですね。全く体制変わってないんですから。

【珠】ほんとだなぁ…。

【町】すごいのは共産主義者だとか左翼だって決めたのはどうやって決めたのかわからないって言うんですよ。

【山】えっ?

【町】それは新聞社が決めたんだ、と。マスコミがあの村は共産主義だ、あの村もそうだって決めつけてたんですよ当時。で、新聞社の人が映画に出てきてですね、「非国民が誰なのか俺たちが決めた」って言うんですよ。

【珠】それまた堂々と…。

【町】「非国民とか愛国的じゃないものへの憎しみを、みんなに煽るのが我々の仕事だ!」って堂々と言うんです。

で、また拷問所もスゴくてですね、「おまえは共産主義者か! おまえは左翼か! おまえはアカか!」ってやるんですけど、まあ大抵違うんですね。というのは貧しい農民たちは労働組合を作ってただけで、貧しい農民ってだけで左翼扱いされてたんですよ。で、ひとつの村ごと焼き払ったりしてるんですけども、「おまえ共産主義者って言わないんだったら、今そこにいるお前の子どもを殺すぞ」って言うんですよ。子どもは「おとうちゃ~ん!」って泣いてるんです。再現ドラマやってるんですけどね。で、「共産主義者って言わなければおまえの子を殺す」って。でも言ったら殺されちゃうわけですよ。

【山】そうっすよね…。

【町】だから全員殺されちゃうんです。

【珠】めちゃくちゃですね…。

【町】その演技指導がスゴくて、こうやるんだよって「おかあちゃんいかないで~!」つって。演技指導するんですよ。

【山】それ、泣いてる子どもたちは?

【町】普通の子どもたちです。あ、自分の子どもにもさせてましたよ。マツコ・デラックスが。

【珠】もうむちゃくちゃな…。

【町】これは恐ろしいことですけど、この映画は最後の最後にですね、もう映画館で見たとき観客全員が、ほんっとに全員が声を出して泣くぐらいの、スゴい衝撃的なシーンが待ってます!

【山】えぇ~!? 見たいっ!!

【町】ほんとうに悪いやつは誰なのか! ほんとうに悪いやつは誰なのか!
これはアメリカ自体も虐殺した政府側に加担しているんで、そのぉ…大変政治的な映画なんですね。で…ほんっとに最後の最後にスゴい…もう衝撃的なシーンが…。

もう胸を打つっていうか、胸を打つってもんじゃなくて、胸をマグナムで撃つ映画です。




日本でもまもなく封切りです!
4月全国で順次公開(日時未定)!



「アクト・オブ・キリング」公式HP
http://www.aok-movie.com/
「アクト・オブ・キリング」予告編
http://www.youtube.com/watch?v=Mu68nD5QqP0

【映画の感想はこちら】
「アクト・オブ・キリング」★8
http://takushi.blog.jp/archives/51987922.html

【併せて読みたい】
こちらも町山さんの映画紹介です。
【これは酷い】サウジアラビアの問題点を描いた「少女は自転車に乗って」

座頭魄市orejiru at 22:42│コメント(6)トラックバック(0)映画  | このエントリーをはてなブックマークに追加

2014年02月24日

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【あらすじと感想】
2014年公開映画の暫定ベストです。

主演のマシュー・マコノヒー、そして助演のジャレッド・レトーの、命を削って完成させた本作にこそアカデミーを与えてほしい。

命を削って、というのは決して大袈裟なことばではありません。マシュー・マコノヒーはHIV患者の役作りのため、およそ22キロの減量をして挑みました。ジャレッド・レトーもまた、およそ17キロの減量をしてHIV患者を演じています。そこまでして挑むのに値する映画なんでしょうか。

舞台は1985年のテキサス。
ロデオカウボーイのロン(マシュー・マコノヒー)は、絵に描いたようなテキサスボーイ。酒とドラッグと女をこよなく愛していて、ロデオ会場でも女を両手に抱えて相手してしまうような男なんです。

そんなロンですが、最初からちょっと違和感を感じます。体調がすごい悪そうで、咳もゲホゲホ苦しそうで。目も虚ろで大丈夫かなこの人と思ってる矢先にパタンって倒れてしまいます。

目が覚めると病院で、医者が心配そうにしていて。ロンは目覚めるなり医者と看護婦を見て、足元に視線を下ろして、口説くつもりなのか根っからの気質なのか判断出来ないんですけど、とてもきれいな靴だねって微笑むんです。それで医者も回復してるとみて質問を始めるんですが、ちょっと言いづらそうに、濁しながら聞くんですね。濁してるとはいえ質問は「あなたはゲイ、あるいはバイセクシャルですか?」ですからロンも怒ります。ロンは女好きでゲイは毛嫌いしていますから「あなたはゲイですか?」なんてのは最も侮辱的な発言なんです。てめーバカにしてんのかって食ってかかるんですよ。

それでHIV陽性と診断されて、余命が30日だと言い渡されるんです。

これが火に油注ぐようなことばなんです。
当時のアメリカではまだHIVに関する知識は全く広まっていなくて、HIVなんてゲイとイコールなんですよ。ゲイしかかからない病気だって本気で思われていた時代ですから。ぶち切れて病院を出て行くんです。

それで家帰ってロデオ仲間を呼んで、娼婦も呼んでパーティを始めるのですがドラッグやっても裸の女が目の前にいても気力が湧かないんです。病院で言われたHIV宣告が気になって気になって。相変わらず咳も止まらないし。でも口では仲間に「医者がおれをHIVだって言うんだよ。ふざけやがって」と強がるんです。仲間もそれ聞いて「てめえゲイだったのか?」なんて言うんです。「HIV=ゲイ」ですから。

体調も一向に回復しないのでロンは数日後に図書館に行くんです。そこでHIVに関する資料を端から調べまくるんです。そしてやっと知るんです。いま僕たちが知っている知識を。HIVは注射針の使い回しでも感染することや、男女間でも避妊具をつけないと感染するリスクがあることを。図書館のなかで、ロンは自分がHIVだという事を受け入れるんですね。奥歯を噛み締めて。

行きつけのBARに行くと仲間たちが集まっているのですが、どこかよそよそしい。
あれ? と思っていると仲間のひとりが「おまえゲイだったんだな」と吐き捨てるんです。ロンはこれにむかついて殴り掛かろうとするんですが、喧嘩にもならないんです。殴って血でもついたら感染してしまうなんて理由つけて、触れ合う距離に立とうともしないんです。娼婦を呼んでパーティしたときに洩らした一言で仲間を失ってしまったんです。それどころか職場に行っても既に広まっていて、ロンは孤立無援状態になるんです。

一方では前向きに病気と向き合う決意が出来て、病院に足を運びます。そこで当時アメリカでは唯一のAIDS治療薬「AZT」の投与を願い出るのですが、このAZTは新薬でまだ臨床試験段階でした。ロンは高い金払ってでもいいから売ってくれと交渉するのですがダメでした。そこで病院内にいる掃除人に依頼して病院からくすねてもらうことにするんです。しかしそれも長くは続かずに病院のチェック体制が厳しくなって入手が困難に。AZTが切れた途端に倒れてしまい再び入院となります。その病室の隣にいたのがレイヨン(ジャレッド・レトー)でした。レイヨンは性同一性障害でロンは関わりたくもないのですが、彼女がAZT被験者と知り交渉をしてみる、が、成立せず。

そこでロンは以前、病院の掃除人からメキシコの医者を訪ねてみろといわれたのを思い出しメキシコへ向かうんです。そこで待っていたのが無免許医師です。

その医者はAZTがいかに体に有害かを教えるんですね。

実のところ、有害でした。
当時、AIDSは94%が半年以内に死ぬ病気でした。
AZTの治療でも効果は見込めていませんでした。

ロンは海外で効果が認められている薬があることを医者から教えられます。いろいろと知って怒り狂うんですね。アメリカは他国と比べてHIVに関してスゴい遅れていたんですね。偏見に満ちているという点もそうですし。

ふざけんじゃねーと。
もっといい薬があるのになんでアメリカは配らないんだと。これ、アメリカの怖いところで、アメリカって宗教的に同性愛に対しても後ろ向きだったんですよね。神に対する冒涜ですから。そんな冒涜行為が生んだ病気だから天罰みたいなものなんですね。彼らからすると。そういうのもあってアメリカではAIDSに関しては非常に出遅れた、という一面もあるんですよ。

ロンはそこでアメリカへの密輸を試みるんです。これはビジネスになるぞ、と。メキシコから薬を密輸して売り始めるんですが、思ったように客を見つけられない。そこで病院で出会ったレイヨンと組むんです。レイヨンならゲイ仲間も大勢いるし、そういった連中が集まる場所も知っているし。

国内未承認の薬を販売するのは違法ですから、彼らは売り方を工夫しました。

それが「ダラス・バイヤーズクラブ」です。

会員制なんですね。
会員の権利を売る。会員は薬が無料なんです。


改めて言っておきたいのですが。
この映画は実話です。

現実に「ダラス・バイヤーズクラブ」があって、多くの人たちを救った。但し限りなくグレー(のちに裁判に負けてブラック認定を受ける)なやり方で。そういうおはなしです。

よく「それは法律で決まっているから」なんてのを聞いたりするんですよ。たしかに悪いことは悪い。でも「法律」という基準で善し悪しを判断するのは間違っているんじゃないか。思考停止ではないか。ちゃんと自分自身と向き合い、自分のあたまで考えたうえで行動しているか、その行動には信念が伴っているか。誰かを救えるか。なにより自分を救えるか。それがとても大事なことなんだと。ロンの生き方を通して教えてもらえました。


スゴく印象的に残っているシーンがあって。
ロンは余命30日と宣告されたにも関わらず、自分自身で調べて、行動して、必死に生きつづけようと足掻いて。それで、ロンを白い目で見ていたかつての仲間たちに向かって叫ぶんですね。「おれはまだ生きてるぞ!」
「ただ生きる」というと一見マイナスな意味合いを感じるんです。「だらだら生きる」に近い意味合いで受け取ってしまうんですが、この映画を見て「ただ生きる」ことの力強さを感じました。必死に呼吸をして、必死に今日生きる。ロンは「ただ生きた」男でした。

ただ生きて、ただ生きて、ただ生きて。
ただ生きて、余命30日宣告から7年。
92年にこの世を去りました。


マシュー・マコノヒー、そしてジャレッド・レトー。
ふたりの迫真の演技に必ず涙が溢れるはずです。
涙腺崩壊保証。
生きる意味をもう一度考えましょう。オススメです。

座頭魄市orejiru at 18:06│コメント(0)トラックバック(0)映画  | このエントリーをはてなブックマークに追加

2014年02月20日

今回は2014年2月現在ではまだ珍しい本を紹介します。

PUR製本というのをご存知でしょうか。

PUR製本とはPUR接着剤を使用して製本された本のことで、国内では90年代後半には導入が開始されました。わかりやすく説明をしますと、本の背にはいる糊が、従来のものと比べて非常にやわらかいんですね。なぜかというと、糊が乾かないんです。従来の糊は乾いていく過程で、水分が飛んで、固まって、接着する。これがPURですと水分が飛んでいかないんです。ずっと半乾きの状態を保てるんです。ずっと水分を閉じ込めているから、背がやわらかいままなんですね。どういう効果があるかと言うと、本の開きがいいんです。通常の糊ですと手を放してしまうと本も閉じられます。けれどPUR製本の場合は開いた状態を保てるんです。

これをPUR製本と言います。公開本といった方がピンと来るかもしれません。出版社に勤めてる方ですと「公開本」と言いますね。

一般の方ですと、参考書を思い出していただけるとピンと来るかもしれません。勉強しているとき参考書を机に広げながら、ノートに書いたりしますよね。参考書をみて、ノートをみて、また参考書をみて。そんな作業をするうえでは本から手を放しても開いたまま机に置いておけるPUR製本が適しているんです。

そんなPUR製本ですが、しばらくは並製本(ソフトカバー)で生産されていました。上製本(ハードカバー)では生産するラインがなかったんですね。それが上製PUR製本で初めて導入されたのが2006年です。糊を変えるだけのマイナーチェンジとはいえ、これは画期的なことでした。図鑑や美術本などでは効果的なんですね。

しかしこの上製PUR製本を生産できる工場は限られた製本所でしか生産出来ません。当時は1カ所だけでしたし、2011年に生産可能になった工場がもう1カ所。2014年現在で僕が把握しているのはその2カ所だけです。やれると謳ってる製本所も、結局この2つの工場ラインに委託しているのが現状です。

つまり生産力としてはまだまだですし、もう少し導入が増えないかぎりは図鑑などの生産が中心になってしまうと考えられます。


そんな上製PUR製本ですが、一般書で見つけるとすごく嬉しくなります。
やっぱり読みやすいんですよ、ほんとうに。

写真を撮ったので百聞は一見にしかず。

??

これが従来の上製本。

こうなりますよね。

それが、上製PUR製本の場合ですと

pur


就寝前、寝ながらうつ伏せで本を読む時もいいですよ。

マイナーチェンジとはいえ、紙の本もこうして進化しているというのは、なんだか嬉しくなりますよね。


写真の上製PUR製本はこちらの本です。






座頭魄市orejiru at 12:51│コメント(0)トラックバック(0)  | このエントリーをはてなブックマークに追加

2014年02月19日

子どもの教養の育て方
佐藤 優
東洋経済新報社
2013-06-14


前日の読書とはうって変わって、子育て本を。
強いて言うなら怪物繋がりでしょうか。

佐藤優の引き出しの多さには本当に頭が下がります。
子育て経験がないにも関わらず、幼児から小学生が読むべき本として挙げるリストがスゴい。絵本の王道うんこ! [大型本]で目移りしやすい幼児を本という優れたパッケージに惹き付け日本はじめて図鑑 (もっと知りたい!図鑑) [大型本]で視野を広げさせてゆく。小学生が読むような本を、なぜ網羅しているかというと、佐藤優が常々考えているのは「次世代への知の継承」なのだと言い切っています。だから絵本にはじまり教科書に至るまで、全てに目を通す。異常な性癖とも思えてきて恐ろしい。

冗談は置いておいて、この対談からはいろいろと子育てのヒントをいただけました。

端的に言うとこの本は、読書の習慣がない親たちに対して、もっと自分自身が教養をつけないとダメなんだと警鐘を鳴らしているのだと思います。
そもそも教養とは「読む」「聞く」「書く」「話す」という4つの力のこと。この4つの力には流行があって、時代によって重視される力が変わります。これからはSNSの普及でも実感できていると思いますが「書く力」が重視される時代です。そして教養は「積極的教養(「書く」「話す)」と「消極的教養(「読む」「聞く」)」にわかれます。消極的教養(「読む」「聞く」)を身につけなければ積極的教養(「書く」「話す)は身になりません。ですから早いうちに絵本の読み聞かせをしてあげて、消極的教養をつけていくことが大事なんですね。

ですが、肝心の親に読書の習慣、つまり消極的教養がなければその子どもはどうなるのでしょう。親に教養がなくとも、子どもが優秀な先生や友人と出会えれば教養は育っていくのでしょうが、やはり早い段階で「読む」「聞く」力をつけるにこした事はありません。子どもの将来を考えない親なんていないでしょうけれども、その考えてる頭のなかはどれほど教養が詰まっているのかはスゴく重要なことですし、そのあなた自身の教養こそが子どもの将来に繋がっていくんですよ、という怖い怖い本でした。

というわけで、僕も粘膜人間読んで喜んでる場合じゃないんですよ(笑)以下に佐藤優が本書で薦める本のなかから、これから読む課題図書を選びました。専門的な知識が必要そうなのは避けて、7冊をピックアップ。物事を読み解くうえで基礎に敷いておかなければいけないユングやフロイトの考えなどは、これまで読まずにきたのが恥ずかしいレベルなので早急に読みます。

もういちど読む山川日本史 [単行本]
もういちど読む山川世界史 [単行本]
菊と刀 (講談社学術文庫) [文庫]
ソロモンの指環―動物行動学入門 (ハヤカワ文庫NF) [文庫]
魂にメスはいらない ユング心理学講義 (講談社+α文庫) [Kindle版]
ユング心理学の世界 [単行本]
時間と自己 (中公新書 (674)) [新書]


佐藤優が本書で語っている内容で誤解されている点も指摘しておきたい。
子どもに見せるもので「仮面ライダー」はいいが「ウルトラマン」は良くないという発言についてですが、佐藤優の考えでは「ウルトラマン」は巨大化しビルを壊していて、そのビルに閉じ込められているであろう人たちの事までを考えていないからと言っています。ちょうどうちの子がいま「仮面ライダー」から「ウルトラマン」に“好き”が移りました。そこで一緒に観た限りでは、僕は「ウルトラマン」の方にコスモス(秩序)を感じます。襲ってくる怪獣ですら“やさしさ”で救ってあげようとする、そんなコスモスに満ちたウルトラマンもいるんですよ、という事も理解していただきたいと思います。

あ、それとBLOG全否定されてましたが、それはどうかと思いました。

座頭魄市orejiru at 13:47│コメント(0)トラックバック(0)  | このエントリーをはてなブックマークに追加

2014年02月18日

粘膜人間 (角川ホラー文庫)
飴村 行
KADOKAWA / 角川書店
2012-10-01



タイトルからして笑えてくるが、中身は輪をかけて笑いを誘う。
書き出しが「雷太を殺そう」から始まる物語は、評判どおりの酷い展開を広げていく。そもそも殺される雷太という男は、中学生の利一と祐二の父親の、再婚相手である女の連れ子、つまり義弟で小学5年生である。しかし身長は195cm、体重105kgの巨漢なのだ。利一と祐二が学校から帰ると父親は全裸で縛り上げられていて、右手に鞭を持った雷太が、左手に持った蝋燭を父に垂らしてほくそ笑んでいるのだ。これは殺さなければいけないと、読者を力づくで納得させる。

利一と祐二は「河童の3兄弟」に殺しの依頼をしようと計画を立てる。しかし河童たちとコンタクトを取る方法がわからない。そこで2人は防空壕で暮らすアウトローなお兄ちゃんに相談をする。もちろんお兄ちゃんは河童に依頼をする方法を知っている。だがただでは教えないという。

お兄ちゃんは、お兄ちゃんのペニスを握ってシコシコしてくれたら教えてあげると言う。

ショタコンである。
中学生の男の子の手は柔らかくてちょうどいいのだそうだ。

射精して満足したお兄ちゃんは河童とコンタクトを取る方法を教えてくれる。注意点が2つ。

1、はじめは下手に出て、河童をおだてること。
1、河童は見返りを求めてくる。その要求は絶対に受けること。

2人は河童に会いにいく。
河童をおだてるうちに1つ嘘をついてしまう。村の女の子はみんな河童たちのことをカッコいいと言っている、グッチャネしたいと言っている、と。
河童は目を見開いて聞き返してくる。
「おれとグッチャネをっ」

河童は殺しの依頼を受ける。見返りとして、グッチャネできる女を用意しろと要求してくる。村じゅうの女がグッチャネしたがっているなら簡単なことだろうと。

悩んだ挙句、1人の女を思い出した。同級生の成瀬清美である。
「おれが女を紹介する」
「本当か、本当におめえが女を紹介してくれんのか?」
「本当だ」
「どんな女だ?」
「望み通り、俺と同い年の女だ」
「グッチャネはできるのか」
「できる」
「器量はいいか」
「いい。おまけに胸と尻がでかい」

こうして交渉に成功する。しかしこの差し出した清美だが、なぜこの女を思いついたのか。それは「非国民」として村八分にされていたからだ。清美の兄は徴兵のため入隊が決まっていたがその前日の夜に行方が分からなくなってしまった。両親は収容所に送られたが、清美は14歳だったため収容所には送られなかった。しかし家で一人、どこにも出掛けられないまま、憲兵隊にもマークされていた。村全体で清美への接触は禁止されていたため、都合が良かったのだ。

清美と接触をはかろうとする利一と祐二、そして河童。
しかし清美にはある秘密があり——。


ここまでで物語の10%くらい。

まあ、とにかく、エログロファンタジーだ。
ここまで読んでいただいて、おもしろそう! と思えたなら勿論この先も楽しめる。だが、感嘆符を打つほどでないならば、やめておいた方がいい。

ぼくはグロテスクなものを好んでいるが、amazonのレビューで絶賛されているほどグロテスク描写が優れているとは感じなかった。それは作者が意図的にリアリズムを排除し、ファンタジーに徹しているから。それが功を奏して、他には見られない異色の味わいが本書では楽しめる。

amazonのレビュー内で「漫画化するなら漫☆画太郎先生作画で」とあったが、まさに。


座頭魄市orejiru at 12:18│コメント(0)トラックバック(0)  | このエントリーをはてなブックマークに追加
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