2011年07月

2011年07月27日

メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。
その魚はなんとも生きがいい。
それを見たアメリカ人旅行者は、
「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたいの」と尋ねた。
すると漁師は
「そんなに長い時間じゃないよ」と答えた。

旅行者が
「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」
と言うと、
漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。
「それじゃぁ、あまった時間でいったい何をするの」
と旅行者が聞くと、漁師は、
「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。
戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシェスタ(昼寝)して。
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって・・・・・
ああ、これでもう一日終わりだね」

すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。
「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。
いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。それであまった魚は売る。
お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
その儲けで漁船を二隻、三隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。

そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産加工工場を建てて、そこに魚を入れる。
そのころにはきみはこのちっぽけな村を出てメキシコシティーに引越し、それからロサンゼルス、
さらにはニューヨークへと進出していくだろう。

きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」漁師は尋ねた。
「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」
「それからどうなるの」
「それから?そのときは本当にすごいことになるよ」と旅行者はにんまりと笑い、
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て、日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんとシェスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたってすごすんだ。どうだい。すばらしいだろう」

座頭魄市orejiru at 22:27│コメント(0)トラックバック(0)雑記  | このエントリーをはてなブックマークに追加

2011年07月13日

7/1(金)から2泊3日の宮古島旅行へ行ってきました。

前回の宮古島旅行では写真をたくさん撮ったのですが、帰ってきてから写真を見ても感動は伝わらないんですよね。もちろん写真の腕がないだけなんですけど。
という事で今回は動画撮影に切り替え、長回しで出来る限り回してきました。量が量なので編集してから後ほどyoutubeにUPしたいと考えてます。



宮古島旅行は3度目
今回は宮古島で感じた事について文字で残しておこうと思います。


今回の旅のテーマは「一期一会」

旅行前日に千利休の功罪を読んだ影響です。
(本の感想は改めて書きます)

ペンブックス6 千利休の功罪。 (Pen BOOKS)
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宮古島に暮らす方の言葉で一番こころに残っている言葉があります。

「この島は不便は感じるけれどもストレスは感じたことがないよ」


宮古島での暮らしを集約した言葉だと思います。
宮古島で暮らす際に一番不便に感じる事は何かを聞いてみたのですが、みなさん口を揃えて台風を挙げます。直撃する事が多く、台風シーズンは仕事にもならないそうです。印象的だったのは、そんな自然の脅威と毎年つきあっている宮古島の人々は今回の東北大震災にとても心を痛めているのが印象的でした。僕が岩手県出身だと伝えるとみなさん親身になって心配してくれました。宮古島では到着した前の週に台風が上陸していて結構な被害が出ているにも関わらず。

少し話が逸れますが

宮古島にはオトーリという文化があります。
正式なオトーリは現在ではまず行われる事がないようですが、現在のオトーリは一つのグラスに酒をついで順番に飲み干していくスタイルです。正式なオトーリは一度宮古島からもなくなってしまったのですが、このオトーリ文化に目をつけた酒造メーカーが消費量をあげるために今のスタイルを確立しました。そして宮古島に訪れた本島在住の観光客がこの文化を持ち帰り、現在本島では大学生のサークル飲み会などでよく見られる『一気コール』のような形になったそうです

からだに良くない飲み方と敬遠されがちなこの飲み方、宮古島ではスタンダードな飲み方で、実際に現地の方とオトーリをしてみるとよくわかりますが、無理強いさせるものではないんですよね。飲めなそうなら周りがしっかり判断して飛ばしてくれますし、この文化は本来人見知りするようなタイプの人でもみんなと打ち解け合えるように広まったものです。酒はただのツールです。この判断がつかない若者によってイメージが悪くなってしまったのが少し残念です

このオトーリは台風のときも当然やります。なにしろ仕事にもならない。とりあえずみんな誰かの家に集まって台風が過ぎ去るまで延々とオトーリで過ごします
こうして自然の脅威を陽気にやり過ごそうとする文化が個人的にはとても気に入りました。

この話を聞かせてくれた農家さんの家も相当被害が出ていて、小さい木舟が数キロ離れたところまで飛ばされていたのでお礼に舟を運ぶ手伝いをしてきたのですが、こんな重いものが風でぴゅ〜っと飛んでいっちゃうなんて…外に出れるわけがないなぁと納得しました。



宮古島の人口は毎年一定を保っています。脱サラで南国で過ごそうとする内地(宮古ではナイチャーと呼びます)の人も多くいるのですが、転入届の数と同じだけ転出届が提出されます。住んでみないと分からない決定的なデメリットでもあるんでしょうか…
お店を経営している方に話を聞いてみたところ、転出届を出す大半がオトーリが苦手な人なんだそうです。

宮古島に暮らす人はまず何かしらの“会”に入会する事になります。例えば九州出身の人々が集った“九州会”であったり、もっと大きな括りの“ナイチャー会”であったり…。たくさんの会が存在していて、月に一度集まってオトーリをするそうです。それがいくつかあるわけですから最低でも週に一度はオトーリをする事になるそうです。それがストレスに感じる人は宮古島が肌に合わないと内地に戻るそうです。たしかに人に疲れて自然の中でのんびり過ごすのを夢見てきた人にとっては厳しいのかなと思いました。

ただこの会に入る事は角度を変えるととても素晴らしい点もありました。基本的に食べ物に困らないそうです。朝起きると玄関には採れたての野菜や果物が置かれているそうです。僕が話を聞いた方の家では一日の食材が全て揃ってしまうので買い物なんてほぼしないという驚きの話が聞けました。

ちなみに宮古島の人達はみなさん人懐っこく、とても寛容な方ばかりですぐに打ち解けてしまいます。みなさんとてもいい笑顔なんですよね。たったの2泊3日の旅行なのに、僕は既に2つの会に入れてもらいました。それだけ受け入れる広い心をみなさん持っていて感動します。



町を歩いていてふと気になった事がありました。
とにかくどの週においてもイベントだらけ。ドイツ文化村でのビール祭のような比較的大きなイベントから、googleで検索かけても分からないような人を招いてのショーイベントまで。とにかくイベントだらけな印象がありました。それを眺めていてはっとしました。

恐らくこの島の経済はとても回転率が高い。
お金も物も活発的に人から人へ回っているんです。
台風が上陸する島。そのおかげとも言えるのだと思うのですが、島全体を観察してみても豪勢な家もなければ高級車にもすれ違わない。高級ブランドに身を包んだ人も歩いていない。

大自然の脅威を深く理解し、儚さや虚しさとともに歓びに生き
諸行無常に生きているように感じました。

この島に心を完全に奪われた瞬間でした
つづきます。

座頭魄市orejiru at 20:38│コメント(0)トラックバック(0)雑記  | このエントリーをはてなブックマークに追加
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